塩味を送信、「電気味覚」で再現

岐阜県で作ったみそ汁の塩味を、250キロ以上離れた東京都にリアルタイムで伝達する――。宮下教授と研究室に所属する大学院生の小林未侑さんは8月、こんな実験を行いました。

岐阜から東京へ塩味を伝達する実験を行う小林未侑さん(右下)=宮下芳明教授提供の実験動画から
岐阜から東京へ塩味を伝達する実験を行う小林未侑さん(右下)=宮下芳明教授提供の実験動画から

そもそも塩味は、塩が水に溶けてできるナトリウムイオンが舌に触れ、刺激することで感じます。逆にイオンが舌に触れないようにできれば、塩分を調整しなくても塩味を感じにくくなります。

TeleSaltyは「電気味覚」という技術でナトリウムイオンを「操作」します。食べ物と体に電気を流すと、イオンを舌から離したり、くっつけたりできます。電流が強いほど、その効果は強くなります。この原理をうまく使って、味の感じ方を変えます。さらに、遠距離にある食べ物の塩味を通信できる機能も加えました。

実験では東京にいる小林さんの腕にケーブルを接続。ストローで吸う塩水にも金属の電極をセットし、電気が流れる回路を設けました。塩味センサーで岐阜にあるみそ汁の塩分を計測して、データを東京に伝達。電気味覚により、塩水でみそ汁と同じ塩味が再現できました。みそ汁に水を足せば、東京の塩水も即座に薄味に。センサーを抜くと無味になりました。

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実家の母のみそ汁で実験。水を加えてみそ汁の塩分濃度を下げると装置の電流値が上がり、塩味が薄まります
実家の母のみそ汁で実験。水を加えてみそ汁の塩分濃度を下げると装置の電流値が上がり、塩味が薄まります

みそ汁を作っていたのは小林さんのお母さん。東京の実験の様子を画面ごしに見て、「本当に味が変わることに驚いていた」そうです。

本当に同じ塩味になったのか、小林さん自身の舌で検証しました。そのために実験当日の朝、新幹線で東京から岐阜へ。実験で使うみそ汁を実家から急いで東京に持ち帰り、電気味覚を体験した直後に試食しました。結果は「たしかに一緒。うまいなあ~」。

新幹線で移動して検証。岐阜からみそ汁を持ち帰り、塩味を検証しました
新幹線で移動して検証。岐阜からみそ汁を持ち帰り、塩味を検証しました

どの味も伝える装置を開発

愛知県の大学に通っていた小林さんがこの研究室に入るきっかけとなったのは、宮下教授が20年に発表した装置「Norimaki Synthesizer」の存在を知ったことです。塩味と同じく電気味覚の技術で、甘味、酸味、苦味、うま味(合わせて五味)も、先端についたゲルから舌に直接伝えられます。

宮下教授が開発した「Norimaki Synthesizer」=宮下教授提供
宮下教授が開発した「Norimaki Synthesizer」=宮下教授提供

「映画の中で食べているものが手元で再現できたら、めっちゃおもしろそうと思いました」。そのほかにも、作った料理の写真を味と一緒にSNSで広めることなどもできそうです。

ちなみに今年のノーベル医学生理学賞には、触覚の受容体に関する研究が選ばれました。これで人が持つ五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)のうち、ノーベル賞の受賞対象となっていないのは味覚だけとなりました。宮下教授は「味覚も解明が進んでるので間もなくでしょう。その先の応用を推進したいですね」と話します。

大学プロフィール

前身の明治法律学校は1881年に開校。先端メディアサイエンス学科は中野キャンパスを拠点に、情報に関する「技術力」や「発想力」を磨きながら、誰も経験したことがないものを創り出せる人材の育成を目指す。

(朝日中高生新聞2021年10月31日号)