日本の選挙で抽選がある数少ない例が、議席を争う候補者の票数が並んだとき。2019年4月の神奈川県相模原市議会議員選挙で実際に行われました ©朝日新聞社

人選偏らず、資金も必要ない

「選挙はなぜ必要?」と聞かれたら、「国民の代表を選ぶため」や「公平な選び方だから」と答える人が多そうです。ただし、現実は必ずしもそうなっていません。

日本では仕事を辞めて選挙に臨む候補者が少なくありません。それなのに落選するかもしれない「不安定」な職業。立候補する段階で、親族から引き継ぐ世襲や、野心のある人にどうしても偏り、「国民の縮図」になっていません。

当選後も選挙が尾を引きます。勝ち続けるには政党や支援団体の後押しが重要。そのために、自分の良心にしたがう判断がしづらい「不自由さ」があります。選挙に多額の「お金」がかかることは、裏金問題の一因とされています。

抽選なら、そんな課題を解決できるのではと考えるのが、九州大学大学院の岡﨑晴輝教授です。議員を国民から抽選で選べば偏りが出ず、選挙資金もいらず、議員としての判断も自由。抽選は学校などで採り入れられ、「制度が選挙より複雑でない」ところも魅力だといいます。

民主主義のルーツは古代ギリシャの時代にあります。政治を進める機関として評議会、裁判所、執政官などが置かれましたが、そうした重要な役職を市民から抽選で選んでいました。

こうした歴史とともに、岡﨑教授が抽選の持つ可能性に自信を深めたのが、15年前に始まった裁判員制度です。18歳以上の国民から抽選で裁判員を選び、刑事裁判を進めます。岡﨑教授も参加。「専門的な世界の中で無責任にならずに、自由に意見を言いやすいと感じました」

「政治家を育てる」には選挙

ただし、抽選も万能ではありません。例えば抽選で選ばれた議員が首相や大臣を務めるとなれば、納得できるでしょうか? 選挙には「能力のある人を選び取り、経験を積ませる」良さがあります。政治を前に進める「リーダーシップ」を発揮するには、政党の力が必要になります。

そこで、抽選で選ばれた議員には何かを決めるより、選挙を経た議員の資質や法案の中身を確かめ、「政治を引き締める働き」を期待したいといいます。「政治の素人」が加わることで、国会で分かりやすい言葉が飛び交います。その影響が国会の外にも広がり、「政治のバリアフリー化」につながるかもしれないと予想します。

投票用紙に「抽選」書き込む案

選挙に抽選を採り入れる具体策として、比例区の投票用紙に「抽選」と書けるようにするのが岡﨑教授の案。票全体のうち、「抽選」票の割合に応じて議席を割り当て、事前の抽選で選ばれた候補者が順に当選する仕組みです。「棄権や白票は今の政党や政治家に投票したくない意思表示かもしれないのに、その分も政党や議員に議席を割り振って横取りしている」。そんな問題意識から生まれたアイデアです。

民主主義の本質は「自分たちのことを、自分たちで決めること」と岡﨑教授。選挙と抽選で選んだ議員のどちらが「自分たち」にふさわしいか、あなたならどう考えますか?

(朝日中高生新聞2024年10月13日号)