作品のあらすじ

 勉強もバイトも続かないヤンキーの高校生・小林と、宇宙が好きな変わり者の転校生・宇野。あることをきっかけに2人は仲良くなり、周囲の人たちにも助けられながら、自分たちの「苦手」に向き合う友情物語。

悩み多き 真逆の高校生2人に共感 経験もとにポジティブに描く

Q 読むと登場人物に共感して、あたたかい気持ちになりました。この物語はどのように考えたのですか?

A 自分が中学生や高校生の頃に抱いた悩みなどがもとになっています。大人になったら「そこまで悩む必要はなかった」と思うことでも、いまだにもやもやしたり、思いにふけったりします。

いつか決着をつけたい、逆にこれからも悩み続けたい……。そんな思いを作品にこめたら、リアリティーが出るかなと考えました。

Q 作品を通じてどんなことを伝えたかったのですか?

A 例えば怖そうな見た目の小林君は悩んでなさそうに見えて、真剣に悩んでいます。外見で判断され、周りの人が求める自分と、実際の自分との間に差ができています。

創作でも仕事でも勉強でも簡単に天才にはなれず、自分は「この辺り」だと受け止めるのもすごく難しい。私もそうでしたが、ある時「『この辺り』から頑張るしかない」と思えた瞬間があり、気持ちが楽になりました。この作品でも悩みをポジティブに描けないかと思いました。

顔出しをしていないため、犬のマスクをつけて話す泥ノ田犬彦さん。「最近の楽しいことは?」「悩みは誰に相談する?」など、中高生特派員への逆質問も=11月、東京都文京区

Q 物語の舞台は平成です。

A 令和の高校生の物語はリアルに描けないと思ったのです。今はSNSが発達していますが、平成の頃はインターネットにそれほど能動的につながっていませんでした。情報にアクセスしやすくなったことで良くも悪くも、悩みのかたちが変わりました。

自分が高校生だった当時を振り返ると、つながりたかったのにできなかった一方で、それはそれで生きていけたという気持ちもあります。そんな二つの時代を比べてもらえたら、と思いました。

Q 悩みの解決策もたくさん描かれています。

A 自分や身近な人の体験を膨らませて考えました。高校生の頃に戻れたらこうしたはず、大人にはこう言ってほしかった、といった思いも反映しています。結局ダメだったこともあります。それでも「一つ行動は起こせた」とは言える。そんな部分も描いています。

Q 登場人物の設定はどのように決めたのですか?

A 私自身が親しみながら描けるよう、自らの性格の異なる側面を割り振りました。でも全く同じにはしたくないので、真逆の要素も加えました。例えば小林君はすごく体が大きく、やんちゃな格好をしています。

Q タイトルにある「宇宙」が、作中でも描かれます。どんなことを表していますか?

A 膨大すぎて、何がなんだか分からないことが多い。でも私たちはそこで生きていて、調べるとロマンがあっておもしろい。宇宙にはそんなネガティブな面とポジティブな面があります。その中で登場人物たちが一緒に歩いていけたらいいなと考えました。

宇野君は個性が強くて好きなことに没頭しますが、苦手も多い。人と話がかみ合わない面もあります。現実の世界ではそんな人を「宇宙人」と呼ぶことがあります。

でもこの作品ではそうはしたくなかった。環境が合わないから「浮いている」かもしれないけれど、ちゃんと「地球出身」だよとアピールしたかったんです。

「君と宇宙を歩くために」で、宇野(上のコマの左)と小林が星空を見上げて語り合うシーン Ⓒ泥ノ田犬彦/講談社

Q 物語を描き始める際に意識したことはありますか。

A 第1話が90ページあります。一般的な漫画の倍ほどの量です。描く途中、「感動する話でなくていいから、読んだ後に読者の心が動くような話を描いてほしい」という編集者さんの言葉を思い出しました。そこで、それまで自ら描くのを止めていたものを頭から引っ張り出し、きゅっと集めて描きました。

ボツになる可能性もありましたが、こんなに多くの人に読んでもらえるとは……。とても不思議です。

文化祭向けの漫画がきっかけに

Q どんな子どもでしたか?

A 外では活発だけど、家では何も話さない「外弁慶」でした。家ではちゃんとしなきゃと思っていたんです。

高校生になるとそれが反転して、学校ではお昼に1人でお弁当を食べるようになりました。学校に行くのが嫌になったのですが、放送部に入り、昼の放送のために放送室で食べる「特権」を得て、少しずつ解決に向かいました。

Q 漫画家になったきっかけは?

A 絵を描くのは好きでしたが、漫画を1本、オチまで描いたのは大学生になってからです。大学に入って好きな漫画について話すと、周りの人から「読んでみるね」や「その作家さん良いよね」と返ってきました。何かをアウトプットするのを否定されない環境でした。そこで友達に「文化祭で漫画を描いてみない?」と誘われました。

Q 「泥ノ田犬彦」というペンネームにしたのはなぜ?

A 漫画を全然描けない時期が2年半ほど続いたことがあります。そのときに、心をゆさぶる作品に出合い、もう一度描いてみようとエネルギーがわきました。

私はそれまで、ペンネームは「シュッとさせたい」と考えていたのですが、それも邪念に思えてきました。自分を高く見積もるのはやめようと。そこで自分の気持ちを思い浮かべてみたら、犬が泥の中で暴れながら、もがいているように感じたのです。「泥」は良い意味を感じにくいですが、そのときの自分にはぴったりでした。あと……、犬好きなんです。

Q 漫画を描くときの集中のしかたは?

A 喫茶店や共有スペースなど、周りに人がいる場所だとやる気が出ます。また、漫画家さんと「今日はあと何ページ描きますか?」「何時に寝ます?」など電話で話しながらペンを入れると、よく進みますね。電話だと机から動けなくなるのがいいんです。最近はYouTubeなどで誰かの作業動画を流しながら作業することもあります。

Q 描いた作品を編集者に見てもらうのは緊張しますか?

A 面白く描けたと思ったときは大丈夫なのですが、「このメッセージ、伝わるかな」と不安なときは緊張します。ただ、編集者さんはどちらかというと仲間で味方。もっと緊張するのは、読者に届くときです。この漫画が最初に公開される前日は心細かった。でもたくさんの良い反響が届いてうれしかったです。

Q 今後も賞を取りたいですか?

A 「マンガ大賞2024」をいただいたのはありがたいですが、まだ1巻しか出てなかったので怖かったです。期待値が上がり過ぎない方が個人的にはうれしい。これからも読者のみなさんに支持してもらえるような作品を描きたいです。

泥ノ田犬彦(どろのだ・いぬひこ)

 雑誌アフタヌーンの四季賞2022年秋で「東京人魚」が準入選。「君と宇宙を歩くために」は23年からWeb雑誌「&Sofa」で連載。コミックスは3巻まで発売中。

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(外部リンク)

(朝日中高生新聞2024年11月24日号)

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