三刀流を経験 何も怖くない

あるときは刑事、またあるときは強面のヤクザ――。名バイプレーヤー(脇役)としてテレビや映画、舞台に引っ張りだこ。だが、やっぱりこの人といえば、「腹が…減った……」のつぶやきでおなじみ、ドラマ「孤独のグルメ」の主人公・井之頭五郎役だろう。

輸入雑貨商を営む井之頭がふらりと立ち寄ったお店でただ「食べるだけ」のドラマは、2012年から深夜枠で放送が始まった。「おっさんが飯を食っているだけで、誰が見るの?」。そんな心配をよそに、食欲をそそる料理と、その食べっぷり、井之頭の「心の声」に多くの人がハマり、10年以上続く人気シリーズに。8年連続で、大みそかに放送される国民的ドラマとなった。

シリーズを重ねるごとにスタッフが入れ替わる中で、人材を立て直し、仕切り直そうという思いで作ったのが「劇映画 孤独のグルメ」だ。主演、脚本、監督と三刀流で挑んだ。井之頭が日本、韓国、フランスを飛び回り、スープ探しの旅へ。「どんな冒険をしたらおもしろいだろう?と、物語を生み出すのは楽しい時間でした」

©2025「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会

この道40年以上だが、芝居一筋ではない。もともとは映画監督をめざしていた。一度は芝居から離れたこともある。「孤独のグルメ」で初めて連続ドラマ主演を果たしたのは48歳。映画初主演は56歳と、遅咲きだ。

今月には62歳になり「正直、もう怖いものはない」と言い切る。監督業を経験し、俳優をやっているだけではわからなかった「うまみ」も味わった。「普通の俳優には戻れない感じがします。ただお客さんに何かを伝える仕事はし続けたい。家で物語を書いているのが楽しいので、そういうことに行きつくやもしれません」

そう笑顔で語る姿からは、こんなエールも感じた。いくつになっても、人は変わり続けることができるんだ、と――。(佐藤美咲)

撮影・堤博之

松重豊(まつしげ・ゆたか)

 1963年1月19日生まれ、福岡県出身。主演、監督、脚本を務めた「劇映画 孤独のグルメ」は10日に全国公開。食の記憶を紡いだエッセー『たべるノヲト。』は発売中。

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中高生時代は未来への「滑走路」。各界の「花道」をゆく人が4週連続で登場し、エールを送ります。

(朝日中高生新聞2025年1月1日号)