竹の敷料や酒かす利用のエサ

1月14日の朝。黒毛和牛の「けんじ号」が、ゆっくり出荷のトラックに乗り込みました。体重は推定800キロ弱。2023年夏に生後9カ月で迎えられ、2倍以上の重量に育ちました。

「ありがとう」「大好きだよ」

中心になって世話をしてきた女子生徒3人が出発直前までブラシをかけました。森内まおさん(3年)は「毎日一緒に過ごして、いて当たり前の存在になっていました」と涙ぐみました。

けんじ号の顔を拭く向井優希さん=2024年11月、福岡県糸島市 ©朝日新聞社

同校は22年、家畜やペットの飼育を専門的に学ぶ動物活用コースを設置。以前から子牛の繁殖をしていましたが、子牛に栄養価の高いエサを与える「肥育」にも取り組むことにしました。

導入に奔走したのが、河原治子教諭(30)。鹿児島大学の農学部で学び、卒業後は食肉会社で4年間、豚肉の品質管理やスーパーへの営業を担当しました。現場経験を積み、元々志望していた教員に転身しました。

けんじ号の肥育では、牛舎の敷料をふかふかにしてストレスを減らそうと、竹を砕いてチップに加工。育ちすぎる竹林に悩む地元の所有者が快く協力しました。

酒かすをエサにまぜて肉質を向上させる研究も始め、地域の酒蔵を見学。子牛を産む繁殖牛向けには福岡空港の刈草を発酵させた飼料を提供してもらうなど、地域ぐるみで取り組みました。

肥育の厳しさも知りました。昨年11月中旬。土曜に登校した津田舞香さん(3年)が「おはよう」と声をかけると、いつもなら寄ってくるけんじ号が体を起こしません。顔も「どことなく不安げ」。立てなくなっていました。

霜降り肉にするにはビタミン投与を一時的に抑えますが、抑制しすぎると歩行に支障が出る場合があります。生徒たちは河原教諭から「大会を待たずに食肉処理する必要があるかもしれない」と説明を受けました。

けんじ号はビタミン注射を受けてなんとか復調。生徒たちは日曜も登校して見守りました。「命の危機を乗り越えて、初めておいしい牛肉ができる。責任を感じました」(津田さん)

出荷の朝、世話をしてきた生徒たちが一人ずつブラッシングしてけんじ号を見送りました=1月14日、福岡県糸島市 ©朝日新聞社

命と向き合った1年半

最高A5ランク「博多和牛」認定!

和牛甲子園に参加した生徒たち。他校の取り組みから刺激を受けました=1月17日、東京都港区 糸島農業高校提供

1月に東京であった和牛甲子園本番。食肉処理を終えた枝肉の見学の時間、向井優希さん(3年)は真っ先にけんじ号の胸部を見やりました。立てなくなった時期に柵にぶつけており、肉の評価を下げる傷がついていないか不安でした。

結果は、無事。赤身の中に入った脂肪(サシ)も十分だと好評でした。「けんじが頑張ってくれた」。向井さんはほっとしました。

入賞は逃しましたが、最高のA5ランクの格付けを得てブランド牛「博多和牛」に認定されました。

ともに過ごした1年半という時間。「命と向き合って、『いただきます』の言葉に心を込めるようになりました」と向井さん。春からは食肉会社で、生産者と消費者の架け橋として働く予定です。

和牛甲子園の会場では、参加校の寄せ書きにけんじ号のイラストを描きました=1月17日、東京都港区 糸島農業高校提供

(朝日中高生新聞2025年2月9日号)