親子向け催しで教材も工夫

ゼミの「本業」は、教職員を目指す学生に向けた科学教育の手法の研究です。でも、富田教授の信念は、「科学は万人に開かれている」です。教室の中だけでなく、社会の全ての人に科学の面白さを伝えたい。そんな思いを持つ教授が目をつけたのは、親子が一緒に参加する催しでした。

富田教授は毎年、大阪市の育児支援施設「子ども・子育てプラザ」で出前授業をしています。親世代も科学を学び直せる内容です。

「実はカボチャが嫌いという人、手ぇ挙げてみ。後ろの父ちゃんや母ちゃんには見えへんから」。授業の冒頭、富田教授は子どもたちにこう呼びかけます。天体観測をするには、暗闇に目を慣らす必要があります。子どもの目は早く闇に慣れやすいと言われており、誰が手を挙げたかは子ども同士は見えても、親たちには分かりにくい。こうしたことを、実感してもらいます。

厚紙で作った「太陽の動きの模型」の機能を説明する富田晃彦教授(左)と、ゼミ生の小河莉裟さん。緯度と日付を目盛りに合わせると、その日の太陽の動きを知ることができます=4月、和歌山市の和歌山大学教育学部 ©朝日新聞社

教材にも工夫を凝らしています。虹色の反射光が出るラッピング用のシートから、簡易版の分光器を組み立てました。緯度や季節で変わる「太陽の通り道」を示す模型は、厚紙製です。

視覚障がいのある子どもたちへの出前授業も、大阪府吹田市のNPO法人「弱視の子どもたちに絵本を」の催しの中でしてきました。天文学は、視覚に訴える要素が強い学問です。「でも、目の不自由な人にも宇宙を知ってほしい」と、富田教授は語ります。

授業は、「地球はどんな星なのか」を学ぶところから始めます。地震が起きる理由を知ってもらうため、近畿地方の地形の石膏模型を使いました。鈴鹿山脈の険しさや、淡路島から六甲山地に連なる隆起地形を指でなぞると、近畿の地殻に東西から強い圧縮力がかかったことが理解できます。

七夕の日に開いた出前授業で、園児らが想像から作った「やさしい宇宙人」や「こわい宇宙人」の像=2012年7月、大阪府藤井寺市 富田晃彦教授提供

実体験をもとに教えるスキル

元ゼミ生の阪口暁人さん(26)は在学中、卒業論文のテーマに「触覚や聴覚を使った天文教育」を選びました。「見えないからこそ、『知りたい』という欲求を強く感じた」という視覚障がいがある子どもたちへの出前授業の体験を基に、視覚に頼らずに様々な天体の特徴をどう伝えるかを論じました。

今は大阪市内の小学校で教諭を務める阪口さんは「自分の『当たり前』が、相手にはそうでないことを、心に留めておくようになりました」と、振り返ります。

富田ゼミは、少年院でも出前授業をしました。同行した学生は、虐待や貧困を乗り越え、ゼロから学び直している子どもたちに強い感銘を受けたそうです。就職先を決められずにいた彼は、決心して高校教師になりました。

ゼミ生にも実体験の場を作っています。一つが金星の観測。中学の理科で分かりにくいとされる金星の満ち欠けを、望遠鏡で学生に見せています。「『自分は見た』が、教える時の強みになる」からです。

小学校教諭を目指している同ゼミの4年生、小河莉裟さん(21)は、遠隔操作の望遠鏡を活用した授業の手法を卒論のテーマに選びました。「このゼミに来て、実体験を基に教えるスキルをもっと知りたいと思いました」と理由を語りました。

(朝日中高生新聞2025年5月11日号)