一兎ずつのかけ合わせを強みに

起業家&音楽家 常田俊太郎さんに聞く

米津玄師さんの「KICK BACK」で印象的なバイオリンを奏でているのが常田俊太郎さんです。音楽家だけではなく、起業家としても活躍しています。多彩な経歴をもつ常田さんに「二兎を追う」べきかどうか、体験をもとに教えてもらいました。(編集委員・沢辺雅俊)

音楽家を支える仕組みづくり

millennium parade、Vaundy、WONK。常田さんが参加したり、楽曲に携わったりしているアーティストです。2歳下の弟、大希さん(King Gnuなど)と活動することも。バイオリンを弾くほか、弦楽器をどう組み込むと、より魅力的な曲になるかなど、構想の段階からかかわりますが「純粋な音楽家としての活動は全体の(仕事量の)1、2割」と話します。

大半を占めるのが共同代表を務めるユートニックでの仕事です。アーティストが活躍できるプラットフォームづくりを手がけています。たとえばYouTubeのチャンネル「With ensemble」ではアーティストのyamaさんとクラシック奏者とのセッションを実現。クラシックと接点がなかったリスナーやポップス関係者との橋渡し役を担います。

クリエーターの未発表作品を体験したり、密接につながれるコミュニティーをつくったりできるアプリも開発。「しっかり応援したい」と願うファンがクリエーターを金銭面で支えられる仕組みづくりにも力を入れます。

音楽とビジネスの融合を着想

子どものころ、まず打ち込んだのはバイオリンでした。ピアノの先生だった母親の影響で4歳から習い始めました。中学時代の後半からは毎日5、6時間の練習。レッスンのために3週間に一度、住んでいた長野から東京にも通いました。コンクールで入賞するようになると、周囲は「芸大(東京芸術大学)、受けるよね」という雰囲気になったそうです。

転機は高校2年の冬。進路を決める際に「バイオリンだけに絞るのはちょっと……」という気持ちがありました。「3位に入ったといっても1位も2位もいるし、4位の人もうまい。自分じゃなくてもいいなと感じていた」とふり返ります。「何かもう一つ別の軸……ビジネスの知見や経験みたいなものをもったうえで音楽とかけ合わせるほうがおもしろいことをできるなという思いが漠然とありました」

めざすことにしたのが東京大学。下のイラストにあるように勉強に取り組みました。レッスンで培った集中力もあり、理科二類に合格。工学部に進み、各国の経済発展についてコンピューターで解析しました。

イラスト・みわまさよ

卒業後はコンサルティング会社で、さまざまな企業の中期経営計画づくりを支援。6年間のハードワークを経て「文化カルチャーを仕事に」と起業しました。この選択には自分なりの「腹落ち感(納得感)」があったといいます。「音楽が本当に好きでここまでやってきたし、ビジネスもちゃんとやってきた。ここまで両方をやってる人って、そうそういないだろうという自信がありました」

イラスト・みわまさよ

一定期間ごとの蓄積が生きる

中学生や高校生のみなさんが「いま、やりたいこと」「今後の進路」について迷うとき、どう考えればいいのでしょうか。常田さんは「何かハマってることがあれば振り切って、めちゃくちゃ突きつめたらいいのでは」と考えます。「すごい一流になったらそれはそれでいいし、そうならなくても何かのかたちで、あとからつながってきたりしますから」

弟の大希さんをはじめ、アーティストに多いのは何かに特化したスペシャリストタイプだといいます。「やりたいことだけに突っ走れるのは尊敬する。ピュアなモチベーションだけでできるのは、もう才能だと思う」。一方、自身については「全体を見回して戦略的に考える癖がある」と受けとめています。

「一つの道をきわめるというありかたはわかりやすく、かっこいい。でも、それだけじゃないと思う。何年間かの一定期間に一兎ずつを追った蓄積があれば、そこから生まれてくる何かがあるはず」

常田俊太郎(つねた・しゅんたろう)

1990年、長野県生まれ。長野県伊那市立東部中学、伊那北高校を経て東京大学工学部卒業。現在、ユートニックの共同代表。millennium paradeに参加するほか、King GnuやVaundyなどの楽曲に携わる

(朝日中高生新聞2023年1月1日号)