Runway(1)

日本武道館を埋めつくした聴衆の視線が、ピアニストの指先に注がれる。2024年7月、29歳の誕生日に開いたリサイタル。「1万3千人もいるのに、本当に静かに最後の1音が消えるまで聴いてくれて。静寂を感じられて、とても貴重な経験でした」

2024年7月14日、東京・日本武道館

国内外で今注目を集める演奏家の1人だ。ピアノの指導者だった母のもとで3歳から習い始め、基礎的な音楽理論も教わった。「自分で走る土台を母に作ってもらって、後は走って走って、自分で勉強して、だんだんできるようになった」と振り返る。クラシックの確かな技術をもとに、アレンジや作曲、即興演奏も手がけ、ジャンルを超えた活躍をしている。

幼いころから音楽と同じくらい夢中になったのが「数字の世界」。中学受験をして開成中学・高校に進み、大学は音楽大学ではなく、東京大学を選んだ。東大の大学院でAI(人工知能)の研究をしていた18年、日本最大級のピアノのコンクールでグランプリを受賞し、音楽の道が開けた。

中高生時代に「かてぃん」の名で始めたユーチューブは、今やチャンネル登録者数147万人。総再生回数は2億回を超える。動画でも人気のトイピアノや鍵盤ハーモニカを取り入れた演奏は「遊びの中から生まれた」という。ピアノの弦にフェルトやネジをはさんで音色を変えるなど、実験的な演奏にも取り組んでいる。

活動の源にあるのは「ユニークでありたい」という思い。英語のuniqueには「唯一の、他に類を見ない」という意味がある。「日本だけでなく、世界でもそう言えないと意味がない」と、2年前に米ニューヨークに拠点を移した。今年11月には、音楽の殿堂カーネギーホールでのソロリサイタルデビューを果たす。

(別府薫)

角野隼斗(すみの・はやと)

 1995年7月14日生まれ、千葉県出身。2018年、ピティナ・ピアノコンペティションで特級グランプリを受賞。24年10月、世界デビューアルバム「Human Universe」をリリース。

Runway 未来へ飛び立つ君たちへ

中高生時代は未来への「滑走路」。各界の「花道」をゆく人が4週連続で登場し、エールを送ります。

(朝日中高生新聞2025年5月25日号)