
能楽、人形浄瑠璃(文楽)、歌舞伎、落語といった古典芸能は教科書にも出てきますが、小学生のみなさんには、まだなじみのない世界かもしれません。でも、むかしの人たちのくらしや思いがわかる「タイムカプセル」でもあるのです。知らないのはもったいない! いっしょに開けてみましょう。(監修 武蔵野音楽大学特任教授・中川俊宏さん、協力 独立行政法人日本芸術文化振興会)
【能楽】戦国武将も愛した悲劇と喜劇
お面をつけた人が、うたや笛、つづみにあわせて舞っているよ。なんだかこわそう。


源義経の亡霊じゃよ。義経は知っておるかな?

うん、大河ドラマで見たよ。平家をほろぼしたけれど、お兄さんの頼朝にきらわれて、殺されちゃうんだよね。

ハカセ そうじゃ。この義経は、死んだ後も成仏できずに、修羅道という争いのたえない世界で苦しんでいる。能楽のひとつ能は、亡霊が登場して、この世に残した思いを語る話が多い。いわゆる悲劇じゃな。
ヒラク どんな人たちが見たの?
ハカセ 能は室町時代に観阿弥、世阿弥という親子がつくりあげた芸能じゃ。室町幕府の3代将軍・足利義満がふたりをひいきにしたといわれている。織田信長、豊臣秀吉といった戦国武将たちも宴会をしながら見たり、自分たちも演じたりして楽しんだ。
テンコ 亡霊の話が楽しいの!?
ハカセ 争いや疫病で、いまよりずっと死が身近にあったから、思いをはせたのじゃろう。私たちがテレビで戦争や災害のニュースを見るような感覚に近いのかもしれない。
もっとも、悲劇ばかり見ても気持ちがしずんでしまう。能と能のあいだには、狂言という喜劇も上演された。こちらは、お笑い番組といったところじゃな。狂言はせりふの劇だ。大げさなしぐさでわかりやすいから、笑って楽しめるはずじゃ。
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【文楽】「私たち」が主人公の人形しばい

こんどはお人形が出てきたよ。

これも義経じゃよ。「牛若丸」と呼ばれていた子ども時代の話じゃ。京の鞍馬山で修行した牛若丸が、五条橋で弁慶と決闘して家来にする場面をえがいている。牛若丸の人形は、体のパーツごとに3人で分担してあやつっている。かさをさしたり、橋にとびのったり、まるで生きているように動くんじゃよ。

おもしろそう! 子ども向けの人形劇なの?

ハカセ この話のように子どもでも楽しめる文楽が上演されることもあるから、ふたりも見てみるといい。しかし、文楽の多くは、大人向けの話じゃ。
文楽は江戸時代の初めに大阪で生まれた芸能だ。最初のころは、いまでいう時代劇ばかりだったが、近松門左衛門という劇作家が、一般の人が主人公のドラマをつくって大ヒットさせた。若いカップルが命を絶つ話、借金を苦にした殺人など、実際の事件を下じきにした話が多い。
テンコ ワイドショーみたいなもの?
ハカセ そうともいえる。だが、やじ馬的な興味関心だけでは、こんなに長い間、残らなかっただろう。近松がえがいた人物の悲しみや苦しみは、多くの人が共感できる内容だった。身分や家のしばりがあって不自由が多い世の中で、「自分たちの悩みがえがかれている」という衝撃は大きかったんじゃろうな。
もっと知りたい>>>文楽がわかるキーワード集【こども古典芸能入門】
【歌舞伎】しかけがいっぱいのエンタメ
歌舞伎にも義経は出てくるの?

そうじゃ。下の写真は「勧進帳」という歌舞伎のなかでも有名な話だ。左はしが弁慶、そのとなりの貴公子が義経じゃ。頼朝に追われて東北へ逃げる一行が、役人が待ちかまえる関所を何とか通り抜けるまでをえがいている。

義経は、「源九郎判官義経」と呼ばれていた。「判官(ほうがん)」は、むかしの役職のひとつ。弱い立場の人、負けそうな人を応援する「判官びいき」という言葉が生まれたほど、悲劇のヒーローの話は人気だったんじゃ。

客席のあいだの細長い道に立っているね。

ハカセ 「花道」という。歌舞伎も、文楽と同じころに生まれ、人気を競った芸能じゃ。俳優がお客さんの近くを通る花道のほかにも、舞台がまわったり、せりあがったりと、あっとおどろくしかけがたくさんある。俳優たちは、当時のファッションリーダーのような存在だった。ブロマイドのような役者絵がえがかれ、髪型やファッションがまちで流行した。
ヒラク むかしの人のエンタメだったんだね。
ハカセ 流行をとり入れたしばいづくりは、いまも続いておるぞ。漫画やアニメ、ゲームをもとにした「新作歌舞伎」は、毎年のように生まれている。歌舞伎独特の演技を生かしながら、現代の言葉づかいで上演されるから、取っつきやすいはずじゃ。
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【落語】1人で何人も演じわける話芸
ざぶとんにすわった人が、扇子(せんす)を使いながら話しているよ。


落語の「青菜」じゃな。植木屋が仕事先のだんなさんの家で、酒と青菜のおひたしをすすめられる。そこへだんなさんの妻が現れて「鞍馬から牛若丸がいでまして、その名を九郎判官」と一言。だんなさんは「そうか、では義経にしておきなさい」と答える、というやりとりがある。

ん? 何のこと?

ハカセ 九郎判官は義経のこと。「その名を九郎」は「菜を食ろう」、つまり青菜は食べてしまったから、客に出すのは「義経」=「よしておく」ということじゃ。お客の前で「ない」と言わない気配りじゃな。この上品なやりとりに感心した植木屋が家でまねしようとして、とんちんかんなことになり……という話じゃ。
テンコ だじゃれってこと?
ハカセ その要素もあるが、口調や表情、さらに身ぶりで笑いを生む。小道具は基本的に扇子や手ぬぐいだけ。一人で、何人もの登場人物を会話で語りわける話芸じゃの。
ヒラク むかしの話なの?
ハカセ 江戸時代のアパート「長屋」が舞台になることも多い。なじみのない言葉は、落語家がさりげなく説明してくれたりするから、リラックスして楽しめる。最後に笑える「オチ(サゲ)」があるものが多いが、人情にうったえる話や怪談もある。なんともいえない感情の機微やおかしみ、風情も感じてほしいところじゃ。
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語りつがれた物語 生の舞台で楽しんで
古典芸能って難しいと思っていたけど、楽しませる工夫がいろいろあるんだね。

そうじゃな。そうやって、多くの人たちが伝えてきたから、私たちもいま、むかしの人と同じ話を楽しむことができる。未来の人たちは「むかしはテレビというものがあって、義経のドラマをやっていた」と話すかもしれんぞ。古典芸能に興味がわいたら、ぜひ生の舞台を見てほしい。いまはちょっと難しそうだと思ったら、大人になってからでもかまわない。きっと新しい世界が広がるはずじゃ。

監修 中川俊宏(なかがわ・としひろ)

武蔵野音楽大学特任教授。専門は文化史、アートマネジメント。国立劇場調査養成部に勤務、文化庁・芸術文化調査官、武蔵野音楽大学教授などをつとめ現職。
日本芸術文化振興会が運営するサイト文化デジタルライブラリーなどを参考にしました。
(朝日小学生新聞2024年10月14日付)

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