
幼いころに両親と別れ、お兄さんにもきらわれてしまった悲劇のヒーロー、源義経。かわいらしさのなかに、りんとした強さをあわせもつ静御前。子どもたちを前に歌舞伎の絵本を読み始めると、ページをめくるたびに、さまざまなキャラクターの声を使い分けた。このほど出版した絵本『狐忠信』『茶壺』の読み聞かせイベントでの一コマだ=動画も見てね。
コロナ禍で全公演中止、伝え方を工夫
2020年、新型コロナウイルスの感染が広がり、すべての演劇公演が中止になった。俳優として舞台をつとめるだけでなく、「どんな伝え方、届け方をすればいいか」を考えるきっかけになったという。
歌舞伎は、400年以上の歴史があるおしばい。「みんなが楽しめるエンターテインメントとして生まれましたが、今はふつうに生活していてもふれることがない。ぼくたちが、どんなものなのかを示さないと難しい時代が来ていると感じます」
演目には1日かけて上演するような長いストーリーがあるが、その一部だけをぬき出しても楽しめる。「もっと短く、映画の予告編のようにまとめても、見どころのある作品にできるのでは」。そんな発想が絵本作りのもとになった。
登場人物の数やせりふをしぼってストーリーを組み立て直し、古い言葉づかいは一部を今の言葉に改めた。イラストレーターを始め、絵本作りのプロの力も借りた。
けずりにけずっても失われなかったのは、時代をこえて愛される歌舞伎のおもしろさだった。「親子の愛は人間も動物も変わらないという大きなテーマや、思わず笑ってしまう言葉のかけ合い。こういう伝え方もできるという発見がありました」
ぼくたちと客席が一つになる感動
20年8月1日。コロナのステイホーム期間が終わり、5か月ぶりに東京・歌舞伎座の舞台に立った日の感動は、今も色あせない。公演初日、最初の演目「連獅子」に出演した。
感染を防ぐため客席を半数以下に減らし、「待ってました!」といった、お客さんのかけ声も禁止。それでも幕が開き、長唄の演奏が始まると、劇場をゆらすような拍手が止まらない。「『よし行くぞ』というぼくたちと、見たいと思ってくださるお客さまの熱量が同時にぐっと上がらないと、ああいう瞬間は生まれない。特別で忘れられない一日です」
絵本で歌舞伎に出合った子どもたちにも、生の舞台の魅力を伝えたい。「絵本のなかでとんだりはねたりしている登場人物が、実際にはどう演じられているのか。全国を回って、一場面だけでも上演できたらうれしいですね」
(聞き手・別府薫)
中村壱太郎さんの歌舞伎絵本



中村壱太郎(なかむら・かずたろう)

歌舞伎俳優。1990年8月3日生まれ。父は四代目中村鴈治郎、母は日本舞踊・吾妻流の二代目吾妻徳穂。95年に初代中村壱太郎を名乗り、歌舞伎の初舞台。コロナ禍が広がった2020年5月、YouTubeチャンネル「かずたろう歌舞伎クリエイション」を開設する。22年11月、歌舞伎絵本『狐忠信』『茶壺』(くもん出版)を出版。いっしょに写っているのは、サンリオのキャラクター「かぶきにゃんたろう」。
(朝日小学生新聞2023年1月3日付)

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