
世界規模で進められている気候変動への取り組み。アスリートの中にも自分でアクションを起こしている選手がいます。スキージャンプのオリンピック(五輪)メダリストである高梨沙羅選手は、選手活動と並行して、気候変動対策のプロジェクトも立ち上げています。その活動の裏にある思いを聞きました。
スキー競技といえば一面の雪景色の中で行われるもの。そんなイメージがあるかもしれません。ところが、最近は必ずしもそうではなくなっています。
2024年11月下旬にノルウェーのリレハンメルで行われたスキージャンプのワールドカップ(W杯)開幕戦。ジャンプ台こそ白い雪におおわれていたものの、それ以外の観戦エリアなどは地面や芝生がむき出しとなっていました。
12歳から世界で戦ってきた高梨選手。W杯で史上最多の63勝をあげているスキージャンプの女王も、その影響を肌で感じています。
「4、5年前のリレハンメルなら、この時期にはジャンプをするのに十分な雪が降っていました。冬が来たからシーズンが始まる、という自然な流れだったんです。今は芝の上に雪をはりつけて、無理やりジャンプ台を作っている感じがします。雪不足で試合が中止になることも増えてきました」

国際スキー・スノーボード連盟によれば、昨シーズン616大会のうち26大会が気候変動の影響で中止になりました。雪が不可欠なスキーというスポーツにとって、温暖化による降雪量の減少は死活問題。このままいけば競技が消滅してしまう可能性すらあります。
人工的に雪を降らせる技術などの発達によって、表面上は変わりなく競技は維持できています。それならば問題ないのではないか、と考える人もいるでしょう。
ただし、それは「本来の姿」とは少しちがうと高梨選手は考えています。
人工雪は冷たい大気の中に水を放出して瞬間的にこおらせているため、徐々にこおっていく天然雪のような結晶ができません。氷のようにかたくなる特性があり、見た目は似ていても同じではない。高梨選手たちスキージャンパーは足先でその差を感じ取ります。
「天然雪だと密度もクッション性も高くてくずれにくいんです。人工雪は、粒子が粗くてざらめみたいなので、もろくてくずれやすい。ひざへの負担も大きく、けがのリスクが高いと感じます」
高梨選手は北海道の中でもひときわ寒く、豪雪地帯として知られる上川町の出身です。小さいころから大雪山の山々をながめ、10月ごろに山の上が白くなると「ああ、冬が来るね」と話しながら暮らしてきました。
そんなふうに冬の訪れを喜び、自然の雪をいつくしむ気持ち。スキージャンプ選手として、その思いを形にするため、高梨選手は23年5月、雪山の自然環境を守るプロジェクト「JUMP for The Earth PROJECT」を立ち上げました。

24年1月の札幌での試合では、地元の高校生と一緒に活動しました。来場者にペットボトル削減や環境問題に関心を持ってもらうため、マイボトルを持参した観客にドリンクを提供する「マイボトルバー」を設置したのです。高梨選手自身も日常生活の中でマイボトルやエコバッグを使い、むだな電気を使わず、徒歩や自転車、公共交通機関を利用するように心がけているといいます。
「とはいえ『遠征で飛行機や車を使うでしょ? それって環境に悪いでしょ?』といわれることも多々あります。私はもういわれ慣れていますけど、だからといって何もしないよりはやっぱり行動することだと思います。気候変動は本当に難しい課題ですが、たとえ解決できなくても、その速度を緩めることはできる。だから今すぐにやらないといけない」
自分でも何かをしてみたい。でも周りの目や声が気になる、という人にはこんなアドバイスをしてくれました。
「一人で何かをやる勇気を持っている人はカッコいいし、それができるのが一番です。でも、まだ難しければ、同じ意見の人がいるプロジェクトに参加してみればいいのでは?」
高梨選手も6月に自身のプロジェクトの一環で「蔵王山クリーン作戦」(山形市)に参加しました。そうしたイベントを探してみるのもいいかもしれません。
「私たちは地球で生きさせてもらっている。だから地球にやさしい生活ができたらカッコいいと思いますよ」
高梨沙羅(たかなし・さら)

1996年生まれ、北海道上川町出身。スキージャンプのW杯で男女通じて最多の通算63勝。五輪には2014年、18年、22年の3回出場し、18年の韓国・平昌(ピョンチャン)大会で銅メダルを獲得した。
高梨選手が立ち上げた
「JUMP for The Earth PROJECT」
https://jump-for-the-earth.com/
(朝日小学生新聞2024年11月29日付)

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