幻の「現代編」に生物学者が「答え」

「鉄腕アトム」や「ブラック・ジャック」など数々の名作を生み出した手塚さんですが、「火の鳥」はその生涯をかけて手がけた作品だといわれています。1954年にまんが雑誌で連載が始まり、その後雑誌を変えながら「未来編」「ヤマト編」などと続きました。亡くなる前年の88年まで「太陽編」を連載しました。

「太陽編」の直筆原稿 ©Tezuka productions

過去と未来 往復しながら…

シリーズの主要な12編では、3世紀ごろの国「ヤマタイ国」が舞台の「黎明編」から、3400年代以降の未来都市のお話「未来編」まで、さまざまな時代や場所の人たちがえがかれます。平清盛などが登場する平安時代(乱世編)や、クローン人間がつくられる時代(生命編)なども登場します。作品の発表順に過去と未来を往復しながら、お話の舞台は現代へと近づいていくことも特徴です。手塚さんは「一本の長い物語をはじめからと終わりから描きはじめるという冒険をしてみたかった」と、著書に残しています。

それぞれの時代で、その血を飲むと永遠の命が手に入ると言い伝えられる「火の鳥」が現れ、人々は「生命とは何か」という大きな問いに直面します。シリーズは完結しないまま手塚さんは亡くなり、「現代編」をえがこうとしていたことが分かっています。

展覧会の入り口 ©Tezuka productions

手塚治虫さんの「永遠の命」えがくライフワーク

展覧会『手塚治虫「火の鳥」展―火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴―』では、約400点の直筆原稿が見られます。12編それぞれのあらすじとテーマについて、生物学者である福岡伸一さんの解説もそえられています。また、手塚さんが「現代編」で何をえがこうとしていたかについて、残された資料から福岡さんが考察した「答え」も発表しています。

さまざまな形で出版されている火の鳥のまんが ©Tezuka productions

主要12編 どれから読む?

「火の鳥」 1954年に雑誌「漫画少年」で最初の連載が開始。主なシリーズは黎明編、未来編、ヤマト編、宇宙編、鳳凰編、復活編、羽衣編、望郷編、乱世編、生命編、異形編、太陽編の12編(発表順)。

東京・六本木で5月25日まで

手塚治虫「火の鳥」展―火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴―
会期:5月25日(日)まで
会場:東京シティビュー(東京・六本木)
入場料:中学生以下 900円、一般 2500円(当日券・土日祝日の場合)

 まんが家・手塚治虫さんが「生命とは何か」をえがこうとした「火の鳥」。福岡伸一さんも、生物学者として「生命とは何か」を解き明かそうとしています。「火の鳥」は70年以上前に始まった作品ですが、さまざまな科学が発展した現代こそ、読むべき物語だといいます。記事の後半では、福岡さんに、小学生へのメッセージも聞きました。

人間が生き、死ぬ意味を問う

Q(記者の質問) 「火の鳥」を初めて読んだのはいつですか?

A(福岡さんの答え) 小学5年生のときに「鳳凰編」を読みました。奈良時代を舞台に、大仏の建立と芸術のあり方をめぐって2人の男が対立するお話です。それがとてもおもしろかったことに加え、まんがという形で人間の生きる意味や死ぬ意味を問いかけていることが、衝撃的でした。その後、シリーズが出る度に読むようになりました。

「太陽編」の直筆原稿 ©Tezuka productions

Q 展覧会の題名は『手塚治虫「火の鳥」展―火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴―』です。とても難しそうですね。

A わざと長く難しそうにして、みなさんの知的好奇心を刺激しようと思いました。どういうことだろう?と思って、見に来てほしい。

めぐりめぐる生命

Q 「動的平衡」や「宇宙生命」とは、どんな意味でしょうか。

A 動的平衡とは、私が提唱している生命の考え方です。私たちの体は、たくさんの粒子(物質をつくる小さなつぶ)でできています。粒子は絶え間なく流れ、入れかわっています。私たちの体や命は、38億年の生命の進化の流れの中にあります。

手塚治虫さんは物語の中心である火の鳥を「宇宙生命」と表現しています。全ての命は有限ですが、死んでしまって終わりではなく、必ず次の命に手渡され、めぐりめぐることをえがいている。動的平衡の考えと重なります。

この話は、小学生のみなさんには難しいでしょう。でも、少し背伸びをして、自分の知らない言葉や聞いたこともない話に耳をかたむけてみると、成長のきっかけになると思います。私も小学生のときに「火の鳥」を読み、完全に理解できたわけではありません。でも、自分の知らない世界があることを知りました。

AI、クローン…現代的問題えがく

Q 「火の鳥」では、ロボットや人工知能(AI)、クローンなど、現代を予想していたかのような科学技術が登場します。

A AIが人間を支配する社会や、クローン人間をつくってもよいか、など現代的な問いがこめられています。70年以上前に始まった作品ですが、全く古びていない。今こそ読み返す意味があります。

Q 子どもたちへメッセージをお願いします。

A 「火の鳥」は、時代や場所をこえて世界を見る「メタ視点」を教えてくれます。

作品が生まれた時代は、アメリカ側と旧ソビエト連邦側が対立した東西冷戦の時代でした。今も世界では、紛争や分断が起きています。人間だけの目線で物事を考えるから、紛争が起きる。人間も他の生物と共生しているはずなのに、自己中心的にふるまい、環境をこわしています。自分たちのことだけを考えるのではなく、世界を広い視野で見ることを知ってほしいです。

福岡伸一(ふくおか・しんいち)

 生物学者・作家。1959年、東京都生まれ。青山学院大学教授、アメリカ・ロックフェラー大学客員教授。著書に『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)や「動的平衡」シリーズ(木楽舎)など。4月から始まる大阪・関西万博のテーマ事業パビリオン「いのち動的平衡館」プロデューサー。

手塚治虫さんの「塚」は旧字体が正式表記です。

(朝日小学生新聞2025年3月19日付)