中国東北部の旧満州で生まれ育ち、太平洋戦争を体験した童話作家のあまんきみこさん(93歳)。戦争が終わって80年となる今年、1冊の絵本を発表しました。旧満州で別れた犬との思い出がもとになっています。(中塚慧)

満州で愛犬となみだの別れ
絵本の名前は『さくらが さいた』。桜が満開の土手道をおばあちゃんと散歩していた女の子のもとに、真っ黒な犬がかけよってきました。だれかが飼っている犬です。おばあちゃんは、ずっと昔に旧満州の大連で飼っていた犬のクロを思い出しました。その犬にそっくりだったからです。戦争が終わり、日本に引きあげるときに別れた犬でした。
「このお話はもう30年くらい、書いたり消したり、主人公を変えたりしてきました」とあまんさんは話します。

あまんさんは子どものころ、大連で中型犬のセッターを2匹飼っていました。あまんさんと「同い年」のレオと、若いロン。「2匹とも人なつこい犬でした。私がまたがって、庭でいっしょに遊びました。友だちのようでした」
戦争がはげしくなると「犬を2匹飼っているのは非国民」といわれるように。食べ物にも困る時代で、ぜいたくだとされたからです。あまんさんが6年生のころ、ロンは人にゆずりました。ロンと別れるときは「ベランダに出て、しゃがんで泣きました」。
14歳の夏に日本が戦争に負けました。終戦からふた冬を過ごし、日本に引きあげる直前にレオが死にました。庭にレオをうめたとき、お父さんは「これで思い残すことはなくなった」とつぶやきました。
「犬は日本に連れていけない。年寄りのレオを置いていくのは心配だったので、父もほっとしたんでしょう」
「知りもしなかった」自分をはじる思いも
ただ、絵本でえがいたのは、あまんさんの実体験とはちがうお話です。作中、犬のクロは、日本に引きあげる飼い主の女の子(おばあちゃん)をさがして、引きあげ船が出る桟橋まで来ます。女の子は「いっしょに のれますように」と願いますが、かないませんでした。船が出た後、クロは遠ぼえをくり返しました。
物語には、桜の木がある庭でクロと遊んだ話が出てきます。「これは本当のこと。大連も桜が咲くんです」
あまんさんがレオとロンの話をそのまま物語にしなかったのには、理由があります。
お父さんが鉄道の関連会社に勤めていたあまんさんは「大人に守られて、日本人ばかりの学校も楽しかった」といいます。「でもあのころ、大連ではたくさんの人が苦労して、亡くなった。そのことを私は知りもしなかった。はずかしい、という思いがずっとありました」。だから大連のことは、「自分の話」としては書けませんでした。
それでも、子どもたちに「戦争の悲しみをひとしずくでも知っておいてほしい」と願い、このお話を書きました。

子ども時代を旧満州で過ごした あまんきみこさん
あまんきみこさんが子ども時代を過ごした中国東北部の旧満州。そこにはかつて、日本が満州事変=メモを読んでね=をきっかけにつくった「国」がありました。あまんさんは当時、「日本は平和のためにいいことをしている」と教わりましたが、戦争が終わると反対のことがいわれるように。戦後80年のいま、思うことを聞きました。
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