「ことばの決まりをシンプルに」の野望?

Nさん、つまりは「○○くない?」と「○○なんじゃない?」は、同じように使えるということですか? この連載のタイトルも「これってヘンくない?」と言えるのですかね……。なんかちょっぴり「ヘンじゃない?」と思いますが、このような質問をくれたということは、「ヘンなことが起きているのでは」と気になったということですね。

「○○くない?」という言い回しをすることばは、美しい、うまい、かゆいなど、たくさんあります。「形容詞」と呼ばれることばのなかまです。たとえば、次のように「○○くない?」を「○○なんじゃない?」にかえたら、おかしいですよね。

美しくない? / ×美しなんじゃない?
 うまくない? / ×うまなんじゃない?
 かゆくない? / ×かゆなんじゃない?

反対に「○○なんじゃない?」と言えることばも朝小、学校、天才など数え切れないくらいあります。これは「名詞」のなかまで、逆に「○○くない?」にかえるとおかしくなります。

×朝小くない? / 朝小なんじゃない?
 ×学校くない / 学校なんじゃない?
 ×天才くない / 天才なんじゃない?

こうして、ことばの種類がちがうので、「○○くない?」と「○○なんじゃない?」の両方とも使えることばはないんじゃない?と思ったんです。ただし、こういう言い回しを聞くこと、ありますよね?

きれいくない? / きれいなんじゃない?
 好きくない? / 好きなんじゃない?

これはことばのルール上、「○○なんじゃない?」の形を使うグループで、「形容動詞」といいます。ただ、意味のうえでは形容詞の美しい、おいしい、うれしいなどのように、もののようすや人の気持ちを表します。なので、それらと同じように「○○くない?」ともふるまおうとしてしまうようです。

とくに「きれい(だ)」は「い」がつくという点も形容詞と似てしまっていて、いっしょにしたくなるのも無理はないです。それなら「ヘンくない?」ももはや、ヘンくない気がしてきました。

イラスト・ぴよととなつき

この「○○くない?」の勢いは、ことばの世界で広がっていて、最近では「ちがくない?」など、「動詞」につくパターンも登場しています。こうしたことばの変化の裏には、できるだけ同じ形に統一して、決まりをシンプルにしたいという無意識の野望があるのかもしれません。

広瀬友紀(ひろせ・ゆき)

東京大学教授。大阪府出身。アメリカ・ニューヨーク市立大学で言語学の博士号を取得。著書に『ちいさい言語学者の冒険』や『ことばと算数 その間違いにはワケがある』、『子どもに学ぶ言葉の認知科学』。

(朝日小学生新聞2025年5月5日付)