
中澤晶子さん「キオクノカケラ2025」
連載小説「キオクノカケラ2025」が7月から朝日小学生新聞で始まりました。広島と長崎に原子爆弾(原爆)が落とされて、8月で80年。それにあわせて、広島市に暮らす児童文学作家の中澤晶子さん(72歳)が書きました。「自分の住む地域に伝わる『土地の記憶』に目を向けてほしい」といいます。(中塚慧)
原爆と関係? 駄菓子屋で「過去に旅する使命」
主人公は、広島ではないどこかに住む小学5年生の末廣楽人、廣川浅瀬、廣乃原まみこの3人。近所の駄菓子屋「果無文武堂」に行くときは一緒です。ある日、それまで店になかったカプセルトイマシーンが置かれていました。おそるおそるハンドルを回してみると、小さなセルロイド製の人形が入ったカプセルが出てきました。人形にはもともと持ち主がいたようで……。

「全国に読者がいる新聞にのせる小説なので、広島と距離がある子どもたちという設定にしました」と中澤さん。駄菓子屋を舞台にしたのは「子どもたちと、かつて子どもだった親たちをつなぐ場所」だからです。物語では3人の親も大事な役割を担います。
お話のかぎをにぎるのは、果無文武堂にいる90歳すぎのおじいさん。頭をバンダナでかくすおじいさんには、左耳がありません。80年前に広島に落とされた原爆と関係があるようです。おじいさんは、人形の入ったカプセルを引き当てた3人に「過去に旅する使命を帯びた」と告げます。
中澤さんは読者たちに「自分の住む地域にはどんな人が生きてきて、どう自分とつながっているのか。そうした『土地の記憶』に思いをはせてもらえたら」と願います。
広島への原爆投下
太平洋戦争末期の1945年8月6日午前8時15分、アメリカ軍が広島に原爆を落としました。爆風、熱線、放射線により、その年だけで約14万人が亡くなったとされます。同じ年の8月9日には長崎にも原爆が落とされました。いまも後遺症に苦しむ人が多くいます。被爆者の平均年齢は85歳をこえています。
戦後80年
中澤晶子さん 悲しみかかえた広島に暮らして
60年前 同級生の親、多くは被爆者

中澤晶子さんは愛知県で生まれて、中学校に上がる前の1965年に広島市に引っこしました。原子爆弾(原爆)が落とされてから20年。まちでは、やけどのあとが残る人や被爆した建物などを多く見かけました。
原爆の被害を伝える広島平和記念資料館(広島市)に初めて行ったのも、中学生のとき。ぼろぼろになった衣服が展示されていたのを覚えています。「こわかった。人間は戦争をすると、どんなにひどいことでも平気でできるんだ」と衝撃を受けました。
同級生の親の多くは被爆者でした。あるとき、友だちの両親からいわれた言葉が忘れられません。「私ら、いつどうなるか知れん。この子といつまでも仲よくしてやってね」。被爆者は、命は助かっても放射線の影響を心配しながら生きているのです。広島は、そうした悲しみをかかえたまちなのだと、中学生ながらに感じたといいます。
いまを生きる希望 子どもたちへ
80年前の8月6日。広島では多くの中学生たちが、空襲に備えてとりこわした建物の後片付けなどのために働かされていました。約8千人が動員され、原爆によって約6千人が亡くなったとされます。
連載小説「キオクノカケラ2025」には、タカシという、原爆にあって行方がわからなくなった少年が登場します。「12、13歳の子どもたちがろくに勉強する機会もあたえられず、真夏の炎天下で働かされた。そして、どこでどう亡くなったかもわからない子も多くいた。戦争の理不尽さがあらわれているのが、行方不明の子どもたちです」

主人公の楽人、浅瀬、まみこの3人は、カプセルに入っていた人形を手がかりに、やがてタカシへとつながっていきます。「3人がどうものごとを考え、人と出会い、広島に近づいていくのか。その過程を大事に書きました」
中澤さんはこれまで、広島を訪れる修学旅行生をえがいた「ワタシゴト」シリーズや、長生きの亀が原爆の記憶を語る『ひろしまの満月』などの物語を書いてきました。ひろしまを題材にするとき、大切にすることがあります。
「いまを生きる子どもたちと、過去を生きた子どもたちがつながるように書く」ことです。「将来の夢もあったし、おいしいものも食べたかったし、恋もしたかっただろう。自分たちとかわらないんだと、伝われば」と願います。

6月には『ひろしま絵日記』を出版しました。小学2年生の女の子がひいおばあさんの家に行き、80年前にひいおばあさんの妹がかいた絵日記を読むお話。絵日記は8月5日までしかありません。次のページを何枚めくっても、何もかかれていないのです。
でも、『ひろしま絵日記』には希望がえがかれます。かつての編集者からいわれたこんな言葉があるからです。「大人の絶望を子どもにおしつけるのはやめてください」。この言葉は「子どもの本を書くときの指針になっている」と、中澤さんはいいます。
ひろしまの物語から、生きる希望を伝える――。「キオクノカケラ2025」はどんな結末が待っているのでしょうか。連載は9月末までです。

中澤晶子(なかざわ・しょうこ)

1953年、愛知県生まれ。ひろしまをあつかった物語に『3+6の夏 ひろしま、あの子はだあれ』、「ワタシゴト」シリーズ、『ひろしまの満月』などがある。2024年度から6年生の国語の教科書(東京書籍)に「模型のまち」がのっている。
(朝日小学生新聞2025年7月1日付)

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