子どもを戦争へ巻きこんだ
学校で起きたできごとを先生が記録する「学校日誌」というものがあります。太平洋戦争中やその後の日誌を読み解いて、学校や子どもたちがどのように戦争に巻きこまれていったのか、明らかにする研究が進んでいます。きょう8月15日は「終戦の日」。当時の人々が終戦をどう受け止めたのかも、学校日誌からわかります。 (小貫友里)

日誌にみる戦争中の日常 そのとき学校教育は…
学校日誌は、学校に通う子どもたちのようすや、先生たちの働きを記す大切な記録です。すべての学校が備えるようにと、戦前から現在まで法律で決められています。
教育の歴史が専門の学習院大学名誉教授の斉藤利彦さんは、これまでに戦争中の学校日誌を全国約110校分、調べてきました。「全国の学校日誌を比べることで、学校、児童がどう戦争に巻きこまれたのかがわかります」と話します。
人々が戦争をどのように見ていたのか、筆づかいや言葉から感じることもできます。例えば、北海道小清水村(いまの小清水町)にあった学校の日誌には、アメリカ軍の空襲のようすが記されています。
1945年7月15日、「物凄イスピードヲ持チ低空デ機銃掃射ヲ行フ。物凄シ(ものすごいスピードで低い空を飛び、機関銃をうってきた。ものすごい)」。そのようすは欄外まで使ってびっしりと書いてありました。「必死の記録です。学校日誌には学校の日常が生々しく書かれている。調べれば調べるほど、すごく重要な史料だと思いますね」
学校教育は子どもたちの幸せのためのもの。でも戦争中は、まったくちがう状況だったこともわかりました。
学校日誌は生々しい記録 すごく重要な史料


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命、生活、教育の機会がうばわれた

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