
広島に落とされた原子爆弾(原爆)で被爆した子どもが力強く生きる姿をえがいたまんが『はだしのゲン』の作者の中沢啓治さんが、19日に肺がんのため広島市内の病院で亡くなっていたことがわかりました。73歳でした。「人類にとって最高の宝は平和です」。その信念を貫き、各地で被爆体験を語り続けた中沢さんは、朝小でも度々子どもたちに向けて発信していました。
中沢さんから小学生のみなさんへ、
最後のメッセージはこちらから
73歳、「最高の宝は平和」の信念貫き
広島市に生まれた中沢さんは1945年、小学1年生のときにアメリカ軍が落とした原爆で被爆。爆心地近くにいながら奇跡的に助かりましたが、その日、家族3人を失います。黒い雨が降る中、「一瞬にして地獄と化した」街をさまよいました。
73年、その経験をもとにかいた『はだしのゲン』の連載がまんが雑誌で始まると、大きな反響を呼びました。単行本は十数か国語に翻訳され、発行部数は計1000万部以上ともいわれています。
目の病気で視力が低下し、2009年にまんがをかくのをあきらめました。しかし、平和を願う気持ちはとぎれず、各地で原爆のおそろしさを伝える活動を続けました。
10年に肺がんが見つかり、右の肺の一部を取りました。手術は成功しましたが、肺炎を発症するなど、闘病生活を続けていました。
来年は『はだしのゲン』が誕生してから40年の記念の年で、中沢さんの仲間たちが映画の上映会などを計画していました。妻のミサヨさんが「絶対に出席しなくちゃ」とはげまし続けましたが、かないませんでした。
小1での被爆体験語る情熱
遺作の担当編集者がふり返る
中沢さんは今月、自伝『はだしのゲン わたしの遺書』(朝日学生新聞社刊)を出版したばかりでした。担当編集者の佐藤夏理が、思い出をふり返ります。
中沢さんが亡くなったと聞いたのは21日、妻のミサヨさんに電話をかけたときでした。6月にお会いしたときの満面の笑みが思い出されて、おなかが重たくなるようなさみしい思いがこみあげてきました。
その日、遺体を火葬したとのことでした。思わず私は「骨はありましたか?」とたずねました。
原爆後遺症に苦しんだ中沢さんのお母さんが亡くなったとき、火葬後に骨は残らず、白い粉だけになりました。生前、中沢さんが「ぼくの骨も同じようにスカスカになっているのではないか」と気にしていたことを思い出したからです。
中沢さんの骨は残っていました。「普通は遺骨を見ると悲しくなるんでしょうけど、私は反対に骨太のしっかりした骨が残っていて、うれしくなりました」とミサヨさんが教えてくれました。
『はだしのゲン わたしの遺書』を出版したきっかけは、去年6月29日の朝小に載った記事です。中沢さんが肺がんをわずらい克服しつつあること、まんがの原画を広島市に寄贈したことなどを伝えていました。
まんが『はだしのゲン』は30年近く前、小学生のときに読んだ記憶はありました。でも、その後読み返すこともなく、原爆について深く考えることもなく私は大人になりました。
記事を読んで「作者の方がまだ生きているんだ」とおどろきました。原爆のまんがだから、もっと昔の人の作品だと思いこんでいたのです。
病気に「負けてたまるか」とがんばっていると知り、私は中沢さんが体験したことを聞いておきたいと思いました。

「『はだしのゲン』は私の遺書」
初めてお会いしたのは今年3月。中沢さんは体調をくずし、広島市の病院に入院していました。
ベッドから身を起こし、ときおりせきこみながらも一つひとつの質問に真剣に答えてくれました。
なかでも被爆の情景の話になると、体を前に乗り出して、とても具体的に豊かな言葉で描写されるのです。
「白を中心にして、まわりが青白いリンが燃え狂ったような、外輪が赤とオレンジをうわーっと混ぜたようなすさまじい火の玉」。原爆が爆発したときのことを語った表現です。まだ小学一年生だったとは思えないほど克明に記憶していました。
一方で、楽しかったことを思い出して語るときの笑顔が印象的でした。
「戦争中に人間の嫌な面をたくさん見たから、優しさとか愛なんて言葉は嫌いだ」と、中沢さんは言っていました。けれど、そんな体験をしたとは思えないほど明るく、顔をくしゃっとさせて、くったくなく笑う方でした。
亡くなるおよそ一週間前、中沢さんは病室で完成した本を手に取ることができたそうです。
本の最後は、中沢さんのこんな言葉でしめくくられています。
「『はだしのゲン』は、わたしの遺書です。わたしが伝えたいことは、すべてあの中にこめました。『はだしのゲン』がこれからも読みつがれていって、何かを感じてほしい。それだけが、わたしの願いです」
二度と戦争をおこさないでほしいという中沢さんの遺志が、少しでも多くの人の心に届いてくれればと願っています。
朝小プラスBOOK
(朝日小学生新聞2012年12月25日付)

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