「能」と「狂言」をあわせて「能楽」といいます。600年以上も前から演じられ続けてきました。能は、お面をつけて美しい装束を着て、うたや笛、つづみなどとともに、ゆったり舞います。洗練された、おさえられた動きで演じられる物語です。一方、狂言は、せりふによる劇。大げさなしぐさで笑いをさそいます。(監修 武蔵野音楽大学特任教授・中川俊宏さん、協力 独立行政法人日本芸術文化振興会)
観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ) シテ 面(おもて) 囃子(はやし) 太郎冠者(たろうかじゃ) 能舞台(のうぶたい) 能楽のことば 能楽を見るには 能楽のしごと
【観阿弥・世阿弥】親子で能をつくりあげる
能や狂言は、こっけいなコントのようなものであった猿楽(さるがく)からドラマへと発展しました。1375年、室町幕府の3代将軍・足利義満は、観阿弥と息子で当時12歳だった世阿弥の猿楽を見物します。世阿弥は才能にあふれた美少年。義満は、親子を手厚く保護するようになりました。
文学などの高い教養を身に付けた世阿弥は、将軍や貴族の鑑賞に応えられるように、上品で優美な芸風を取り入れます。美しい歌舞を中心とした、能をつくりあげました。
また、こっけいなものまねから発展した狂言は、笑いをさそう、せりふ劇として確立され、能と交互に上演されるようになりました。
【シテ】幽霊や神さま、お調子者を演じる主役
能でも狂言でも主役のことをシテといいます。能のシテは、人間のほか、亡霊や精霊、神様、鬼など、さまざまなものを演じます。狂言では、おっちょこちょいなめしつかいや、プライドが高くてえらぶって見せる山伏などがシテとなります。
能のシテの相手役はワキといいます。お坊さんや神官、武士など、幽霊でなく現実に生きている大人の男性を演じます。シテとちがい、面をつけることはありません。狂言では、シテの相手役はアドといいます。


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【面】般若が有名、表情豊かに感情を表現
面と書いて「おもて」と呼びます。かぶるとはいわず、「つける」「かける」といいます。
能で面をかけるのは主役のシテで、亡霊や精霊、神、鬼など「この世のものでない」存在や、女性や老人を演じるときにつけます。狂言では面をかけることは少ないですが、うそぶきや猿など、表情はどれも個性的でユニークです。
面はさまざま。おもなものを紹介します。
小面(こおもて) 若い女性の面は多くありますが、最も若い女性をあらわします。ほおのあたりがふっくらとしています。

白色尉(はくしきじょう) 神聖な儀式「翁」(おきな)で使われます。長いあごひげや、大きなまゆ毛が目を引きます。

般若(はんにゃ) 金色の角があり、歯を見せています。嫉妬によるいかりや悲しみで、女性が鬼になった役に使われます。

よく無表情なさまを「能面のよう」といいますが、面はわずかな角度のちがいや光の当たり具合によって、見せる表情がさまざまに変わります。やや上向きにすると、ほほえんでいるように見え、やや下向きにすると、悲しんでいるように見えるなど、ひかえめななかに豊かな感情を表しているのです。
【囃子】イヤー、ポン♪ 4種類の楽器とかけ声でもり上げる
楽器を担当する囃子(はやし)は、笛、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ)の3種類が基本で、演目によって太鼓(たいこ)が加わります。鼓を打つ人は、「イヨーッ」や「イヤーッ」といったかけ声をかけて舞台を引きしめます。
また、能で、せりふを発するのは、おもに主役のシテや相手役のワキですが、情景や心理描写は、舞台に向かって右側に居並ぶ地謡(じうたい)という合唱隊が受け持ちます。

【能の小鼓】不思議な世界へいざなう四つの音「チタプポ」 田邊恭資さん
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【太郎冠者】狂言の主人公といえばこの人
太郎冠者(たろうかじゃ)は、能狂言の登場人物の中で代表格です。主人に仕える、めしつかいです。気はいいけれど、おっちょこちょい。ぬけ目がなく、お酒好きな面もあります。
そもそも「冠者」とはめしつかいの若者のことで、太郎は1番目という意味。2番目のめしつかいである次郎冠者(じろうかじゃ)とともに、主人の外出中にさまざまな騒動を起こします。

上の写真は、狂言「棒縛(ぼうしばり)」の一場面です。留守番をさせると、いつも酒を盗んで飲んでしまう太郎冠者と次郎冠者。主人は2人をだまして、1人のうでを棒にしばりつけ、もう1人も後ろ手にしばります。それでも2人は、悪知恵を働かせて酒を飲んでしまいます。不自由な身で酒を飲んでうかれる姿が笑いをさそいます。

こちらは、狂言「栗焼(くりやき)」の一場面。主人から命じられて、太郎冠者が栗40個を焼き始めます。いいにおいにさそわれて、つまみ食いを始め、気がつけば全部食べきってしまい……というストーリーです。栗のはじけるようすをあらわす動きが笑いを生みます。
【能舞台】神さまがおりてくる場所
能楽堂にある能舞台を見たことがある人は、「屋内なのに、なんで屋根がついているの?」と思ったかもしれません。むかし、能楽が屋外で演じられていたころのなごりです。正方形の本舞台の後ろには、鏡板に松の絵がかかれています。能舞台はこの松の木におりてくる神さまをお迎えする神聖な場所でもあるのです。

客席から見て向かって左には、舞台に続く橋掛り(はしがかり)という細長いろうかがあります。出番を待つ鏡の間から出演者が出入りするだけでなく、この世と霊界をつなぐ路(みち)の役割も果たします。
【能楽のことば】初心忘るべからず
世阿弥が説いた言葉です。いまは「始めたときの志を忘れるな」という意味で使われがちですが、本来の意味は「始めたころの未熟な自分の姿を忘れるな」です。「初心」はスタート地点のようなもの。自分がどれだけ進んだかを知るために忘れてはならないものです。
【能楽を見るには】
東京の国立能楽堂をはじめ、各地に能の舞台があり、公演がさかんに行われています。能は、せりふなどの言葉が難しいので、あらかじめ、あらすじを読んでおくといいでしょう。また、動きの派手な演目の方が楽しめるでしょう。初めて能楽を見る人に向けた鑑賞教室が、とくにおすすめです。
【能楽のしごと】
能楽師に入門したり、国立能楽堂が実施する研修で学んだりして、能楽師となる道があります。
国立能楽堂では、シテ方をのぞいた、ワキ方、囃子方、狂言方の能楽三役を養成しています。基本的に3年に一度募集しています。研修期間は基礎と専門で6年間です。
監修 中川俊宏(なかがわ・としひろ)

武蔵野音楽大学特任教授。専門は文化史、アートマネジメント。国立劇場調査養成部に勤務、文化庁・芸術文化調査官、武蔵野音楽大学教授などをつとめ現職。
日本芸術文化振興会が運営するサイト文化デジタルライブラリーなどを参考にしました。

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