ほしの・としき 大学卒業後、出版社勤務を経て、東京都の公立小学校教諭に。2016年に私立・桐朋小学校に着任。社会的排除と向き合う人権教育に関心がある。

小学生のころから、学校が押しつけてくる「ふつう」に対して、しんどさや生きづらさを感じていました。運動会では性別で種目が決められ、女子はチアダンス、男子は上半身裸で騎馬戦や組体操をさせられました。嫌だという声も上げられない状態で、「ふつうって何だよ」と思い続けていたのです。

一つの転機となったのは、大学生のころ。講義でジェンダーやセクシュアリティーについて学び、ずっと感じてきた生きづらさの正体を知ることができました。編集者を経て教師になったのも、「自分と同じ思いを子どもたちにさせたくない」という思いがあったからでした。

いざ教師になると、初任校では管理職から見合いを勧められたり、「独身なのは半人前」と言われたり。独身で子どももいない教員は「ふつうでない」と見なされる風潮が苦しかったです。

ある日、そのような社会の風潮に対するモヤモヤを同僚にメールで打ち明けました。同僚からの返事には、「マイノリティーであることは、少数者として自分らしい生き方を選ぶことでもあるから、しんどいね。だからこそ、多様で異質な他者との付き合い方を子どもたちに体験的に教えていかなければならない。自分たちがとらわれている認識をひっくり返すような授業をしたいね」と書かれていたのです。

「ふつうとは何か」を子どもたちに問う授業をしたいと思っていましたが、物議を醸しそうで一歩踏み出せずにいました。同僚からのメールは、その場で踏みとどまっていた僕に勇気を与えてくれたのです。

「女子力って言葉に腹が立つ」と書いた児童

「生と性の授業」を始めたのは、2017年から。当時、担任をしていた小学5年生のクラスで、ジェンダーバイアスについて話し合いました。男女の役割における固定的な考えや偏見、差別の問題です。

子どもたちは、信頼する相手の話であれば、真剣に聞いてくれるものです。まずは、子どもたちと時間をかけて信頼関係を築くことに力を注ぎました。そして、日ごろから学校や性別にまつわる固定観念を意識的に揺るがせました。

たとえば、教室でアロマをたいてみたり、かわいいお弁当を作ってみたり、男子が夢中になっているゲームを一緒にやってみたりすることに。自分のあり方や言動が、子どもたちにどのようなメッセージを伝えるのかを意識しながら、日々の生活を丁寧に積み重ねていくことを大切にしました。

授業を始めたきっかけは、ある児童が提出したノートに「『女子力』っていう言葉にすごく腹が立つ」と書かれているのを見たことです。その子の問題提起で、「女らしさや男らしさって何だろう」と話し合いました。なかには「男らしさ、女らしさなどというものは実在しないのではないか」という意見も出ました。

「生と性の授業」をするとき、「誰もが偏見をもち、差別してしまうものであるということ」を前提に、「子どもを一人の人間として対等に見なし、共に考え合うこと」を心がけています。

学級通信を通じて保護者に伝えることも大切にしています。授業のなかで、子どもたちから「男だから、女だからとか嫌なんだけど、そういうことを親に言ったら怒られる」という声が上がったことがあります。そのときには学級通信に、授業のようすと合わせて、「今後お子さんが保護者のジェンダーバイアスを指摘したときは、子どもを叱らず、自身の言動を振り返ってほしい。異論があれば、私に直接言ってください」と書きました。

大人だって失敗してもいい

子どもにジェンダーをどう教えたらいいのか、自分がジェンダーの固定観念にとらわれた発言をしていないかなど、気になる保護者もいると思います。保護者には、「子どもと一緒に学んでいけばいい」と伝えたいです。

 僕は学校の先生から失敗談を聞くのが好きな子どもでした。抑圧された学校生活を送る中で、その話をするときの先生は「小学校の教師」という「よろい」を脱いでくれたような気がしたからです。一人の人間として、とても身近に感じられたのを覚えています。僕も授業では失敗談を話すようにしています。そのときに大切なのは、自分が失敗とどう向き合い、そこから何を学んだかを正直に伝えること。自分と真っ直ぐに向き合おうとする大人に対して、子どもは応えてくれると信じています。

僕が好きな本を2冊紹介します。まずは『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(著 木津毅、筑摩書房)。いわゆる「男らしさ」を手放せる強さについて書かれていて、新しい父性と男性性を考える本です。お父さんにぜひ読んでほしいです。もう一冊は『現実を解きほぐすための哲学』(著 小手川 正二郎、トランスビュー)。こちらは「自分で考えることはどういうことか」をテーマにジェンダーや親子などの問題について、わかりやすく述べられています。

月1回、性教育に携わる人から話を聞き、子どもと性の話をするヒントを探っていきます。感想や取り上げてほしいテーマなどのリクエストはこちらから

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